[]書評「雑居時代」氷室冴子著(第一話、第二話)

この物語の主要登場人物は皆個性的で・・・

主人公(♀)の倉橋数子さんは、学校開闢以来の才媛として成績トップ、礼儀正しく万事万能な美人です。でもこういう欠点のないキャラってたいがい・・・強烈な二重人格をしていて、裏にまわると強烈な腹黒娘。
サブヒロインの三井家弓さんは、漫画家志望でほとんど家出同然のあっけらかん少女。根性で困難に立ち向かいます。
安藤勉くんは、クリスタルな(注)感覚を持つ、ブランド大好き、家事大好きな軟弱男です。
こんな3人が、3人それぞれの事情を胸に、数子さんのおじさんの自宅で奇妙な同居生活をはじめるのでした。

(注)この頃、田中康夫さんが書いた「なんとなくクリスタル」がベストセラーとなって、流行語となりました。この物語では、ブランド志向の強い勉のことをこの小説をもじって「クリスタルな」感覚と言っています。

上巻は、第一話から第六話までで構成されています。ひとつひとつは独立した話ですが、全体としてつながっている。そう、オムニバスのような形式の小説です。

第一話
数子さんがなぜ自宅を離れておじさんの家で留守番をすることになったかという経緯と、そして舞い込むトラブル、つまり家弓、勉がころがりこんでくるまでです。
テンポがよい文章を読むうちに、数子さんの思考方法を読者は理解し、そしてあれよあれよという間に、同居人を受け入れざるを得ない状況に追い込まれていく数子さんとともに、呆然としておわる。なぜ同居? そんな疑問符を抱きながらも、面白くなったぞとワクワクして次話を待つ、過不足ない説明と読者をぐいっと巻き込んでいく筆致がすごい、気がつくと数子ワールドにどっぷり浸かりこんでいるそんなストーリーです。

第二話
もう一方のヒロイン、家弓がなぜアパートを追い出され、数子のおじさんを頼らざるをえなくなったか。その謎を説明しつつ、家弓がアシスタントをしている漫画家さんの〆切直前の修羅場が書かれています。
−−タイムリミット59時間前 という段落では、いきなり漫画家の先生のせりふからスタートします。「(かぎかっこあけ)からはじまり、」(かぎかっことじ)にいたるまで2ページ。ずっとせりふです。
そして次の行はまた「(かぎかっこあけ)になって、先生のせりふの続き。そのせりふが終わるのがなんと3ページ後。永遠5ページにわたって漫画家の先生のせいふが続く描写となっていますが、その中で、〆切間近なせっぱつまった緊迫感と、家弓の事情、そして刻々と無常にも過ぎ去っていく時間がせつせつと伝わってくる・・・。すごい!やはり氷室冴子さんは、うまい。作者の技量が端的に表れているこの場面が印象的です。