(ティアラ文庫)「ヴァンパイアの花嫁」感想

ヴァンパイアの花嫁 (ティアラ文庫)ヴァンパイアの花嫁 (ティアラ文庫)
著者:魚住 ユキコ
販売元:フランス書院
発売日:2009-12-05
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レビューを書くときって、それなりに気の利いたことを書きたいと思っています。たいていはうまくいかないのですけれどね。
この本の感想もなんとかそうしたいと思っていたのですが、なんとも平凡な感想を書くことになりそうです。
それは「興味深い」という感想です。

最初に少し断っておかないといけないことがあります。
僕はどうも吸血鬼などの人外の物語がどうも苦手みたいです。
そして、禁断の恋というのもあまり萌えポイントではないようです。

さて、こう書き始めるとお分かりいただけると思いますが、この作品のお相手役の男性キャラは、吸血鬼(ヴァンパイア)で領主様という設定です。
彼の食事は、セオリー通り若い女性の生き血。ただとても紳士でして、次のようにしてお食事をします。
・お食事の前には必ずキスをします。
・キスには、女性を眠らせキスの前後の記憶を奪う効果があります。
・また麻酔の効果もあります。
・女性を眠らせてから、首筋を噛み血を吸います。
・吸う量は貧血にならないぐらいのごく少量です。
・吸い終わったら、魔力で傷跡を消します。
・血を吸われたからといって吸血鬼になるということはありません。

これで、血を吸われた女性は何も気づかず、普通に彼、リュシアンと接しています。そしてリュシアンは、女生徒の憧れの男性です。

これまで僕はレビューに他の小説の話を書いて、比較することを慎んでいました。それは、他の小説との好悪や良否の話に陥りやすく、またそのように誤解されやすいので、やめていたのですが、今回はそれを破ってひとつの小説の例を出します。

1989年に田中芳樹さんが書いた「ウェディング・ドレスに紅いバラ」です。
ウェディング・ドレスに紅いバラ (集英社文庫)
ウェディング・ドレスに紅いバラ (集英社文庫)
ウェディング・ドレスに紅いバラ (集英社スーパーダッシュ文庫)
ウェディング・ドレスに紅いバラ (徳間文庫)
ウェディング・ドレスに紅いバラ (トクマ・ノベルズ)

なぜこれを出したかというと、僕が読んだ唯一の「吸血鬼もの」だからです。
苦手といいながら、この本は好きでした。もともと田中芳樹さんのファンでほとんどの作品を読んでいるためかもしれませんが、実は僕が受け入れやすい設定の特長があります。

「ウェディング・ドレスに紅いバラ」の主人公は吸血鬼です。ただ、吸血鬼でありながら、人間社会との共存のため吸血行為をやめ結社をつくっています。それは、吸血されることによって増殖する人間から変化した吸血鬼、これを患者と呼んでいますが、患者を排除するためです。真の吸血をやめた吸血鬼と心を失った患者との戦いを描いた小説です。

本家のドラキュラの物語もそうですが、吸血鬼の話は、道徳観、宗教観と結びついて、読む人の許容範囲が異なる物語じゃないかと思います。
僕が前述の「ウェディング・ドレスに紅いバラ」を受け入れることができたのは、「吸血をやめ」「人間と共存した」吸血鬼が主人公だったからなんでしょう。吸血行為は、出血による死をイメージさせますから、僕には嫌悪の対象なのです。だから吸血行為をする登場人物はやはり好きになれない。そしてそういった存在をやっつけるという「ウェディング・ドレスに紅いバラ」は受け入れ可能だったのです。

そういった観点で、この「ヴァンパイアの花嫁」を読むと、作品の設定でいかに作者が腐心したかが伺われます。

あとがきから引用します。
(引用はじめ)
しかし吸血鬼という題材は、その奥深さゆえに難易度も高いのだなあとしみじみ考えさせられました。いやもうこんなに難しいとは思わず、自分にできることと理想との溝をどう埋めるかに四苦八苦してばかりいたような気がします。
(引用おわり)

吸血鬼ものは、根強いファンがいるみたいですね。
そして古今東西、無数の吸血鬼ものの小説が書かれています。
今やありきたりの道徳観、宗教観、世界観で書くと、いつかどこかで書かれたものの二番煎じ感がでてくるのではないでしょうか。
その結果、読者が許容するギリギリを狙うようになる。

この作品は、吸血行為(死を暗喩)と、吸血鬼にとって甘いわな、死を招く少女と吸血鬼の禁断の恋、兄の実妹への恋慕という3つの禁断を絡めて、これまでにないものを作ろうとしています。
とても複雑です。
だからこそ、作者は苦しんだのだろうなと思います。

それに成功したのかどうか・・・
それは、吸血鬼ものをほとんど読んだ事がない僕ではなく、吸血鬼ものがすきな読者さんが感じること、決めることだなと思います。

とても興味深く読みました。
ただ、この作品は、僕にはちょっと評価ができません。





(追記)
わかつきひかる」さんの「王子が恋する女神姫〜薔薇と陰謀の舞踏会〜」の記事(感想など)を書いています。ページはこちらです。
また、そちらには、これまで書いた既刊のティアラ文庫の感想へのリンクもはっています。
ぜひご覧ください。